前日(1998年10月11日)近くの運動公園へ、家族で
遊びに行きました。夕方、発熱(38℃)したため、休日の
当番医へ行き薬をもらいました。そして、12日も熱が下が
らないので、保育園を休み、午前中は妻が、午後は私が休暇
を取って、面倒を見ていました。昼の12:30頃、祖母の
家(妻が職場へ向かう前に祖母の家に しずか を預けたので
す。)へ迎えに行ったのは、ちょうどお昼ご飯を済ませ、お
昼寝を始めた頃でした。寝ていた しずか を抱き起こし、車
に乗せ、自宅へ戻りました。
12:30頃 ベビーベッドに寝かせる。
ベビーベッドはリビング隣の和室に設置してある。
仰向けに、寝かせたが、すぐに寝返る。少々ぐず
ったが、私は、キッチンへ行き昼食を取る。
13:00頃 お昼寝
15:30頃 目覚めたのか、大きな声を出す。
今になって思えば、どうして、この時すぐに和室へ
行かなかったのだろうか。寝ぼけているのかな?と
考えていた。あのときに私が行って、彼女を起こし
て遊んでいれば、このような悲しい出来事は、起こ
らなかったのではと考えると…
16:00頃 祖母から電話
長女が、祖母の家へ帰宅したとのこと。このとき、
和室をちょっと覗いた。”しずか”は、うつ伏せ
で横を向いて寝ていた。私は、祖母に”しずか”
は、まだ寝ていると伝えた。医師の話では、この
頃、”しずか”の身体の中で大きな変化が起こっ
たのではないかとのこと。私は気付いてやれなか
った。
16:30頃 様子がおかしいのに気付く。
うつ伏せで、真下を向いていることに気付く。あわ
てて、抱き起こした。そのときの力の抜けた彼女の
体の感触、表情を私は一生忘れないだろう。呼吸を
していない。心音も確認できない。人工呼吸と共に
心臓マッサージする。救急車を呼んだ。妻へも連絡
した。何度も何度も大声で”しずか”の名を叫んだ
が何の変化も現れない。
16:40頃 救急車到着、日赤病院へ搬送
16:50頃 日赤病院へ到着、医師達の蘇生術が施される。
18:00頃 蘇生術打ち切り、死亡確認